|
1.熊野速玉大社
|
 |
熊野速玉大社を古来新宮と呼んできましたが
最初の祭祀の場である神倉神社から、新たに現在地
社殿を移したことに由来するものと考えられます。
熊野速玉大社の神は、資料の上では、熊野三山の
中で最も早く、天平神護2年(766)に現れています。
昭和28年(1953)に再建された現在の社殿には、
10世紀中頃に制作された熊野三神をはじめ、十二
所権現ゆかりの神像が祀られており、すべて重要
文化財にしていされています。
新宮市観光マップより引用
|
|
|
2.神倉神社 〜ゴトビキ岩〜
|
|
新宮市街地の西方にそびえる権現山は、神が
降臨する神体山として崇められてきました。
仏が神として権(カリ)に現れる山と言う意味で
す。古くから熊野速玉大社の神降臨の神域として
重要でした。
また、ここには神が鎮座する磐座があり、「
ゴトビキ岩」と呼ばれています。
毎年2月6日の夜行われる御燈祭りは、白装束に
身を包んで、538段の急な石段を駆け下る勇壮な
お祭りです。
新宮市観光マップより引用
|
|
|
3.
徐福公園
|
|
徐福は今から二千二百年ほど前、中国を統一した秦の
始皇帝に仕え、その命により、東方海上の三新山にある
という不老不死の霊薬を求めて三千人の童男童女を引き
連れ、この熊野に渡来したと伝えられています。
徐福一行は、この地に自生する「天台烏薬」と言う薬木
を発見しましたが、気候温暖、風光明媚、更には土地の
人々の暖かい友情に触れ、ついにこの地を永住の地と定め
土地を拓き、農耕、魚法、捕鯨、紙すき等の技術をこの地
に伝えたと言われています。
|
|
|
4.
浮島の森
|
 |
浮島の森は、暖かい平地にありながら、寒暖の植物が混成し
また、浮いた島として、昭和2年4月8日、国の天然記念物に指定
されました。
浮島の森は、縄文海進期後の海退に伴って形成された湿地帯
の中で、植物遺体が立体筏状に集合し、その上に成立しました。
|
|
|
5.
熊野古道
|
|
新宮市で、熊野古道がよく残っているところは、新宮の広角から
三輪崎に越える御手洗海岸沿いの高野坂です。距離は約1.5kmで50m
ほどの高台を越える、海岸の景観が大変美しい古道です。
道沿いには石畳が残り、念仏供養の石碑や石の地蔵、山伏を支配した
聖護院宮の休憩所跡などがあり、自然と歴史が体感できる手ごろな
熊野古道です。
新宮市観光マップより引用
|
|
|
|